ジミーペイジが特にレッドツェッペリン時代に使ってきたギターの中でもとりわけ有名なのがNo1レスポールだと思います。
1969年春頃から使用され始め、その後ツェッペリン解散してからも今に至りまでいくつかの改造が施されながらも使われ続けているというそんなギターなのでジミーペイジやツェッペリンファンで知らない人はいないでしょう。
今回はそんなジミーペイジのNo1レスポールについて書かせて頂こうと思います。

このNo1レスポールは先程も書きました通り、1969年の春ごろに購入しました(当時はツェッペリンとしては通算2回目の北米ツアーの前後であったと思います)。楽器店では無く、後にイーグルスで有名となるジョーウォルシュから手に入れたのでした。
ジョーウォルシュによるとレスポールは手元に2本あって、使われてない方をジミーにあげたという事です。このギターの特徴として、ネックが極端に薄くなっている事が挙げられます。

これまではジミーが入手後にリペアマンに頼んでネックを薄くしてもらったという説がありましたが、入手前から既に薄くなっていたとの事でした。確かジョーウォルシュがあるリペアマンに頼んで薄くしてもらったというのが正しい様です。
入手してからしばらく(おそらく同年5~6月までの間)は、それまでメインギターとして使っていたドラゴンテレキャスターと共に使われてましたが、その後このNo1レスポールがメインギターとなった訳です。

このNo1レスポールは入手してから今に至るまで色々と手が加えられてきました。例えばリアピックアップのカバーが取り外されたりピックアップ自体を交換されたり、といった具合です。
詳しく書きますと、まず最初に1969年の7月の半ばにペグがクルーソン製からグローヴァ―製の物に交換されました。同年11月初旬にはリアピックアップのカバーが取り外されれました。1972年の春ごろ、リアピックアップその物を交換しました。

レッドツェッペリン解散後の80年代前半に電気系統の一部変更、それから80年代後半に入って再びリアピックアップのカバーが取り外され、今に至っています。

2004年頃にはこのギターを再現したモデルがギブソンカスタムショップにて限定販売されました。ジミー本人もそのモデルのプロトタイプ的なモデルを持っていて、2007年の再結成コンサートの「幻惑されて」で使われてましたね。

1969年に入手してから今に至るまで長い事使われてきた、正にオンリーワン的なギターと言えるのではないでしょうか。

ジミーペイジのNo2のレスポールとはどんなギターか

ジミーペイジのレスポールと言えばNo1と言われる1959年製のレスポールが有名ですが、今回はNo2と言われるレスポールについて書いていきたいと思います。

No2のレスポールというのは正確に言いますと、No1と同じく1959年製のレスポールです。ウィキペディアでは1070年にジョーウォルシュから譲り受けた物であるという表記がされていますがそれは誤りで、正しくは1973年に行われた北米ツアーの後に購入したという事です。

ボディカラーがブラウンっぽいサンバーストであるというのが特徴となっている、そんなギターです。手に入れた後、いくつかの改造を施しました。

例えばネックを薄くしたり、糸巻き(ペグ)を交換したりといった事です。ネックを薄くした際にはネックのジョイント部分の塗装が黒くなっています(おそらくその部分を薄くしたんでしょう)。ピックアップの方も元々付いていた物からセイモアダンカンというメーカーの物に変更されているという事です。

そうした改造を受けた後、主に1975年のライブにおいてカシミールやMoby Dickといった曲で使用されました。幻惑されて(Dazed And Confuzed) という曲でも使われた事があったようです。
ともかくどちらかというとサブギターという感じで使われていたという感じですね。

それからレッドツェッペリン解散後の83年頃には電装関係が大幅に変更されるといった大規模な改造を行っています(但し木部に穴を開けたりといった様な事は行っていません)。その際にピックガード下にフェイズサウンドをコントロールするためと言われている二つのスプリング式のスイッチが取り付けられました。

映像では正規版ではありませんがアールズコートのライブで確認する事が出来ます。先述したカシミールやMoby Dickといった曲以外にも5月24日の丘の向こうに(Over The Hils And For Away)や幻惑されて の終盤部分で確認する事が出来ます。
最近のライブではイギリスのロンドンにあるO2アリーナで行われた再結成ライブでトラブルアンダーフット・貴方を愛し続けて・ミスティマウンティンホップの3曲でこのNo2のレスポールが使われていましたね。

2009年にはこのギターのレプリカがギブソンカスタムショップの方で販売されたのも有名な話です。
No1のレスポールと違ってメインギターとして使われるという事は余り無いギターではありますがレッドツェッペリンファンやジミーペイジファンなら是非とも知っておくべき、そんなギターであると言えます。

ジミーペイジのNo3のレスポールとはとはどんなギターか

ジミーペイジはライブでも様々なレスポールを使っています。その中には1970年に紛失してしまったブラックビューティと言われる幻のレスポールカスタムや、No1やNo2という名称の1959年製のレスポールもライブで使っています。
今回紹介するのはNo3のレスポールです。

このNo3のレスポールは先述した幻のレスポールカスタムを紛失した1970年にその代わりとなるギターを探した末に手に入れたギターです。元々はP-90というシングルコイルピックアップが取り付けられたゴールドトップというレスポールをハムバッキングピックアップを取り付けるためにキャビティの部分(ピックアップを取り付けるためのスペース)を加工したり、赤いメタリック塗装にりフィニッシュする等の改造を施したそんなギターです。

製造時期に関しては様々な憶測がある様ですが、1968年製という説が正しいと言われています。先程購入したのは1970年と言いましたが、おそらくは8月の終わり位に入手したと思われます。
このギターはジミーが入手する前から先述した改造が行われていましたが、その後も現在に至るまでにいくつかの改造が施されています。

まず最初にペグ(糸巻き)の交換から始まって、その後ストリングベンダーという2弦の音程を持ち上げるという特殊な装置を取り付けたりといった改造を施しました。
そんな数ある改造を施されて今に至るNo3のレスポールですが、メインギターとしてではなくあくまでサブギターとして使われています。

ですがそれでも割と頻繁にレッドツェッペリン時代でも特に1970年の後半や72~3年、それから75年や77年のライブでもそうですし、80年代後半から今に至るまでも結構使われていました。2007年末の再結成コンサートでも使われていましたよね。映像でならレッドツェッペリンDVDや映画「永遠の詩」でも確認する事が出来ます。

これはNo2のレスポールにも同じ事が言えますが、No1の様にメインギターとしての扱いは受けなくとも割と手にする事の多いギターなのではないかと思います。
そこから察するにジミーはギターをとっかえひっかえするのが好きではないかと思えてきますね。

まぁレッドツェッペリン時代やその後のライブ等でチューニングが異なる曲があったりするのでチューニングの違うギターを用意しているからギターを頻繁に変えたりするのはそのせいであるとも言えますよね。
ともかくNo3のレスポールはジミーペイジを語る上では欠かせないギターの一つであるのは間違いないでしょう。

ジミーペイジはなぜレスポールを使う様になったか

ジミーペイジはヤードバーズ時代からレッドツェッペリンの1969年春ごろまでの間、ジェフベックから貰い受けて後に自ら派手なペイントしたドラゴンテレキャスターをライブで使ってきました。
ですが69年の春ごろにNo1と呼ばれるレスポールをステージでも使い始め、しばらくすると完全なメインギターとなりました。
何故ジミーはこれまでのテレキャスターではなくレスポールに切り替えたのか、今回はそれについて書いていきたいと思います。

69年の春、アメリカのサンフランシスコだったと思いまsがジョーウォルシュから「レスポールを買わないか」とジミーは購入話を持ちかけられました。
ですがジミーはいったんその話を断ろうとしていました。というのもジミーはドラゴンテレキャスターで満足していたからとの事です。ですが試しに弾いてみた所、あまりの弾きやすさと見た目のゴージャスさに魅せられて購入を決意しました。

ジミーにレスポールを譲ったジョーウォルシュによるとその説とは逆にジミーの方から「レスポールを探しているが入手する事が出来ない」と相談されて購入を勧めたという事です。
どの説が正しいのか分かりませんが、ともかくジミーがレスポールを購入してその後メインギターとしてツェッペリンのライブで使用してきたという事は確かです。

ジミー本人は「テレキャスターは素晴らしかったけれどプレイヤーに優しいギターでは無かったが、レスポールはともかく弾きやすいし音もデカイのでプレイしやすかった」という風に語っていました。

おそらくはピックアップもそうですし、ギターの構造の違いからそういった答えが導かれたのではないかと思います。
テレキャスターは構造がシンプルでシングルコイルと呼ばれるピックアップが取り付けられていました。
かたやレスポールの方は構造が複雑でハムバッキング・ピックアップというシングルコイルと比べてもパワーがある上にノイズにも強いというメリットを持ち合わせたピックアップが取り付けられています。

この事からステージで弾きやすくかつ高い音量が出てノイズにも強いレスポールを使い始めたという事ではないかと思います。
レッドツェッペリンには凄い位な声量を持つロバートプラントやパワフルでラウドなジョンボーナムという強力なメンバーがいるのでその点もレスポールをメインギターとして使い始めた要因の一つかもしれません。

ともかくジミーがレスポールを使い始めたのはメリットが多かったからであると考えるのが自然ですね。

ジミーペイジがダブルネックを使い始めた理由

No1のレスポールであったり派手無ペイントが施されたドラゴンテレキャスターであったりと、ジミーペイジのギターには有名な物がたくさんありますが当然忘れてはならないのがダブルネックです。
通称ギブソン EDS-1275と呼ばれるこのギターは1971年に入手して以来、「天国への階段」はもちろんの事「祭典の日」や「永遠の詩」、さらにはレインソングなどの曲で使われていきました。

レッドツェッペリンのファンでこのギターを知らない人がいないと言わせしめる位に有名となってギターです。その中には「ジミーペイジと言えばこのギター」という人もいると思います。一体ジミーペイジはなぜこのギターを購入し、ステージで弾く様になったのでしょうか。理由としては先程書かせて頂いた「天国への階段」という曲にあります。

この曲は通称フォーシンボルズと呼ばれるレッドツェッペリンⅣというアルバムに収録されている曲なのですが、最初にアコースティックギターのアルペジオから始まって、その後12弦ギターが入ってからのギターソロという実に複雑な流れになっています。
ジミー自身もこの曲をライブで演奏したいと思っており、それを実現させるどうすれば良いかを考えました。考えた末にたどり着いた結果がこのダブルネックです。

このギターなら6弦の部分はもちろんの事、12弦のパートも再現できるという訳ですから「天国への階段」を演奏するには正にもってこいな訳です。
なのでジミーは1971年初めにこのギターの入手を行うべくギブソンにオーダーしましたが、手に入れたのは1968年の中古品でした。

その当時製造が行われていなかった事からギブソンがストックしていた中古品をジミーが購入したという事なんでしょう。このギターのその後は言わずもがなという感じです。

ライブでのメインギターという訳では無かったですが、先述している様々な曲でこのギターを使っていきました。特にライブのトリを飾った「天国への階段」でジミーがこのギターを弾く姿は多くの人が印象に残っているのではないかと思います。

1976年に公開された「永遠の詩」という映画でも先述した3曲でこのギターを弾いていますし、2003年に発売されたレッドツェッペリンDVDでは1975年のアールズコートの「天国への階段」でこのギターを弾く姿を確認出来ます。

メインギターでは無いとは言えダブルネックはギターその物のルックスややジミーの弾く姿のインパクトは余りにも凄いため、ツェッペリンファンにとってのジミーのギターはダブルネックという印象を与えているという事なのではないでしょうか。