「無罪モラトリアム」というアルバムで閃光の様にデビューを飾った椎名林檎は、女性ロックボーカリストの中でも当時、異彩を放っていたと思います。男性ロックボーカリストには出せない世界感でした。

そして女性らしいハイトーンから、節のきいた低い声まで聴くものを魅了する声の持ち主でした。その有り様からソロに留まらず、「東京事変」というバンドを組みました。

ギターリストとしても独特の世界感を醸し出していました。また、「斎藤ネコ」率いるオーケストラをバックにJAZZシンガーとしても活動しました。その他にも、実の兄であり同じ音楽アーティストである「椎名純平」とデュオを結成したり、「東京スカイ・パラダイス・オーケストラ」の楽曲に参加したりと、目覚しい活動を続けていきます。

カバー曲も数多く、他のアーティストともコラボレーションしていています。1児の母でもあることからか、子供向け番組で使われた「りんごのうた」などの作品もあります。

「東京事変」のデビューシングル、「群青日和」には思い出があります。神戸でCDを購入した時は晴れだったのですが、その日、出張で東京に向かいました。

慣れない東京の地下道をさ迷い歩き、地上に出た時に丁度、新宿の歌舞伎町では天気が崩れ土砂降りになっていました。私が使っていたポータブルCDプレイヤーからは、「群青日和」の歌詞と全く同じ状況を椎名林檎が歌っていたのを今も覚えています。