今昔物語集は平安時代に成立した膨大な説話を収録した書物です。芥川龍之介をはじめとして、数多くの作家がこの本に取材し、インスピレーションを得、傑作をものしました。古典に興味が全くない人、苦手だった人にとっても、へえ、それ今昔物語なんだ、という話もたくさんあると思います。ひょっとしたらこの話「検非違使忠明のこと」を知っている方もいるでしょう。

検非違使(けびいし)という言葉をご存知でしょうか。アラフィフのおっさんなら、おそらく真っ先に「平安京エイリアン」のプレイヤーが操る「ケビイシ」が思い浮かぶでしょう。筆者もこのゲームで初めてこの言葉を知ったクチですが、本来は平安京の治安を維持する警察官のような役職でした。今昔物語集に登場する検非違使である忠明なる人物は、京童部(きょうわらんべと読みます)どもと呼ばれる、不良集団といさかいを起こします。殺気立った京童部たちは、刀を持ち忠明を切ろうとします。多勢に無勢、忠明は清水寺方面へ逃げるのですが、その先は清水の舞台です。絶体絶命の忠明は何を思ったか、御堂の中から蔀(しとみ・衝立のような板)を小脇に抱え、それに乗って谷へと飛び降ります。蔀は風にあおられてふわりと浮かび、忠明は鳥が止まるがごとくゆっくりと谷底へ着地します。まるでマンガのようですが、機転を利かして危機を乗り越える彼の行動はスピーディな話の展開と相まって痛快です。

呆気にとられて見ている京童部たちもさぞかし驚いたことでしょう。このような話一つ取っても、当時の人々の息遣いが感じられる説話は今昔物語の他にもたくさんあります。例えば「日本霊異記」「宇治拾遺物語」「堤中納言物語」「十訓抄」などが挙げられますが、龍之介のように、これらを元ネタにした作品も結構ありますので読んでみると意外な発見があるかもしれません。